カーネーションの由来

カーネーション母の日とカーネーションの関係については、アン・ジャービスが生前に好きだった花だからといわれていますが、実はその他にもさまざまな理由があるようです。

キリスト教では、十字架に掛けられたキリストを見送り、聖母マリアが流した涙の跡に咲いた花がカーネーションだったことから、以降、カーネーションは母と子の関係を象徴する花=「母性愛」を意味する花となりました。

花の色にも意味があり、白いカーネーションは十字架にかけられる前のイエスとマリアをあらわし、赤いカーネーションは復活したキリストを象徴するといわれています。また、白いカーネーションの花言葉は「亡き母をしのぶ」という意味。

カーネーション自体の花言葉は「母の愛情」であることから、アメリカでは、母親を亡くした子は白いカーネーション、母親のいる子は赤いカーネーションを胸に飾るようになりました。

また、「母の日」の普及には、ジョン・ワナメーカー氏の尽力が大きかったともいわれています。
ジョン・ワナメーカーは、アメリカの郵政長官を歴任しアメリカのデパート王とも呼ばれる人物。

アンナ・ジャービス女史の追悼式のうわさを耳にした彼は、アンナ・ジャービス女史を褒めたたえ趣旨に賛同、自分の経営するシアトルのデパートで、母に何か贈り物をしようという「母の日」のキャンペーンを行いました。そのようなPRの効果もあって母の日の慣習が広まり、日本でも戦後アメリカ型の生活様式が流入すると「母の日」も定着。

日本で母の日を祝うようになったのは1923年頃だと言われています。
また、カーネーションを胸に飾るという習慣は、母の日の広まりにつれ、いつからか母親にカーネーションをプレゼントするという習慣に変わっていきました。

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